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秋田地区では、今でも年明けに「なまはげ」という行事を行っている。「なまはげ」という鬼が人家にやって来て、「悪い子はいないか」などと恐ろしい剣幕で訊き、
よい子には餅を渡す。子供がその餅を受取って食べれば、次の年も健やかに過せるという願いが込められている。怖がって泣き出す子もいるが、
この風習は代々伝わり、冬の風物詩の一つとなっている。
子供が健やかに成長して欲しい気持ちはどの国でも同じだが、日本と中国では正月に子供にお金をあげるという共通の習慣がある。
ただし、そのお金を日本では「お年玉」といい、白い「ポチ袋」にいれて渡す。一方、中国では「压岁钱」といい、「红包」に入れて渡す。
日本では昔、もちが非常にありがたい食べ物で、正月位しか口にすることが出来なかった。新年頃、みんなが力を合せてもちを搗き、
出来たもちを取分け、丸めて食べたり、余ったもちを雪だるま状に飾ったりしていたことから、日本語には「年を取る」、「年を重ねる」という言い方が生れた。
そして年明けに親戚や目下の人が挨拶しに来ると、その丸めたもちを手土産に持たせて帰ることから、「お年玉」と言う呼び名が生れた。もちがなくなった時は、
金をもちの代わりにあげる。気持ちだから、「これっぽちだが…」と言いながら、金を紙袋に入れて渡す。のちに、その紙袋は「ポチ袋」と言われるようになった。
中国にも「年糕」と言う黒砂糖入りの赤いもちはあるが、子供には「压岁钱」をあげる。
昔、医療条件が発達していなかった頃は、夭折する子供が多かった。当時の人はそれが「祟」による仕業だと思った(中国語の「祟」は「岁」と同じく「suì」という発音)。
年の瀬に「祟」が出ないように、なにか重い物で「祟」を押えつけないと思ったわけだが、では、世のなか最も重い物と言ったら、天と地である。
中国人の思想の根源に「天圆地方」(空は円く、大地は四角い)という考えがある。昔の銅銭は外が円い形で天を表し、
真中に四角い孔が地を表すことから、「祟」を押えるのにちょうどいいと考えられたのだ。
最近、少子化と不況に伴い、日本ではお年玉をあげる人もあげる額も減っているようである。一方、中国では経済が豊かになり、
大切な一人っ子にあげる「压岁钱」の額は増えるばかりで、これが一つの社会問題になっている。
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